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東西冷戦時代はソ連の鉄のカーテンによりMiG-29フルクラムやSu-27フランカーを含め東側陣営の兵器の詳しい情報はひた隠しにされ知ることは困難であり情報部のスパイ活動で得られた断片的な情報が伝わって来るのみでした。
しかし1989年11月9〜10日のベルリンの壁崩壊により東西ドイツの統合が実現した後それらの情報は徐々に明らかにされていきました。
その手始めがドイツからでした。
東ドイツ軍が保有していた兵器類は使えそうな有用な兵器のみ内部の機器類を西側仕様に変更し安全規準を上げたうえで西ドイツ軍側に吸収合併されることになりました。
その際に東ドイツ軍が保有していた比較的新しい装備であったMiG-29フルクラムが注目され西側仕様に変更される前に西側製戦闘機との模擬空中戦が行われることになり願ったり叶ったりだとアメリカ軍は大喜びで模擬空中戦に使う戦闘機とその要員を用意したといいます。
そして注目の模擬空中戦では自信満々だった西側諸国空軍関係者の期待を大きく裏切りなんとほとんどの場合MiG-29フルクラムが西側製戦闘機をコテンパに撃墜するという結果になってしまいました。
西側関係者には衝撃が走ったといわれています。
西側製戦闘機より後から完成した新しさによる空力設計の良さとパワーのあるエンジンによる機動性の良さももちろんありましたがそれまでの西側製戦闘機の考え方とはまた違うソ連独自のシステムによるところが有効に働いていました。
それは機首に固定装備されたIRST(赤外線捜索追尾システム)とそれに連動して使えるHMD(ヘルメットマウントサイト)による敵機を自在にロックオン出来る視界の広さにありました。
これによりレーダー照射を行うことなく赤外線で捜索追尾照準されてしまうため西側製戦闘機のパイロットたちは何が起こったのかわからないうちに撃墜されていきました。
しかし赤外線ですから目視で見える程度に近距離での接近戦の場合のお話であり後年世界各地(中東など)の空で起きた空中戦の実戦ではMiG-29フルクラムは西側製戦闘機に大敗してばかりでした。
原因は地上レーダーや空中早期警戒管制機などとの連携の有り無しが大きく作用しているといわれています。
それにしてもレーダーの他にIRST(赤外線捜索追尾システム)とHMD(ヘルメットマウントサイト)を活用するソ連独自の戦い方は西側諸国空軍に大きな影響を与えたのも事実でした。
これらの装備化を考える国々も増えました。
MiG-29フルクラムとF-16Cファイティングファルコンがクラス的には同クラスなので
・MiG-29フルクラムとF-16Cファイティングファルコンの比較図。
・飛行中のドイツ空軍MiG-29フルクラムとアメリカ空軍F-16Cファイティングファルコンの写真。
・R-27(AA-10アラモ)空対空ミサイルを発射するドイツ空軍のMiG-29フルクラムの写真。
を貼ります。 -
ソ連製戦闘機に西側製戦闘機が軒並み圧倒されてしまったこの現実はソ連空軍と西側諸国空軍の兵器に対する考え方の違いを表していました。
ソ連の国土は世界一広く広大であり西側諸国のそれぞれの国土はソ連より狭くそれに起因してインフラの整っていない僻地にある基地がソ連には多く存在しています。
そのためソ連空軍はたくさんの戦闘機を必要とする一方で一機一機に西側諸国空軍ほどには十分なサポートを与えることが困難となり他者からの支援が無くても出来るだけ単独でも戦えることを望む傾向が昔から強くそれが戦闘機の作り方にも強い影響を与えています。
ソ連空軍の場合はそういう考え方からエンジンの寿命やメンテ頻度が短くても大量生産出来て大出力なものを望み整備能力の高さは最前線の兵士たちには最初からあまり望まず問題があった場合は整備能力の高い整備拠点に運んで整備して送り返す方法を重視しています。
MiG-29フルクラムの空気取り入れ口がストレーキ上にも設けてあるのはソ連空軍では珍しくない舗装整備されていない僻地の基地でもエンジン故障を起こさせないようにするための理由によるもので支援の少ない最前線でも各々頑張って戦えという考え方の証なのでした。
模擬空中戦の際にドイツ空軍のMiG-29フルクラムがIRSTとHMDの活用により空中早期警戒管制機などからの支援がなくても単独で西側製戦闘機を次々と撃墜出来たのもソ連空軍独自の考え方から来たものだといえます。
ステルス戦闘機の開発もステルス戦闘機開発計画の名前の付け方にもそのソ連独自の考え方が色濃く表れています。
ソ連流では武器は与えてやるから中央政府に期待するな各自で頑張って戦えそして必ず勝利しろという考え方なのでしょう。
・ソ連流の兵器に対する考え方が色濃く表れているMiG-29フルクラムの写真。(サブの開閉式空気取り入れ口のルーバーがストレーキ上に見える写真です。)
を貼ります。
アメリカの核攻撃から祖国を守るというのは優先課題になりますので対抗策に没頭してしまったことはしかたのないことでした。
同じ立場だったらどこの国でも同じような行動をとったことでしょう。
気持ちは察するに余りあるところがあります。
同情します。
そうこうしている間に気付けばアメリカではF-14、F-15、F-16、F-18と新型戦闘機群が現れておりソ連としてはこれらのアメリカ製新型戦闘機に対抗出来る新型戦闘機を開発することが急務となりました。
そういう経緯があり打倒アメリカ製新型戦闘機群を目標にスパイ活動でパクった技術から何から何まで投入してでも完成させようとしたのがSu-27やMiG-29でした。
スホーイ設計局が作ったSu-27フランカーの場合を例にあげるとアメリカやヨーロッパ諸国からスパイ活動で入手した技術や自国で研究開発した技術を投入してブレンディット・ウィング・ボディーの全面的導入や前縁がS字を描いたようであり全体を緩やかに捩って丸めたようなオージー翼を主翼に取り入れたり大型の主脚カバーをエアブレーキとして使えるようにしたりして高性能戦闘機を目指しました。
しかし奇抜な作りはあまり良い結果を生まず結局は生産型として採用される頃までにはまるで別機のように作り直され主翼も通常型になりエアブレーキも一般的なものになっていて全体的にはアメリカのF-15イーグルと同様な形になっていました。
その姿はあたかもアメリカのF-15イーグル戦闘機にアメリカのF-16ファイティングファルコン戦闘機とアメリカのF-18ホーネット戦闘機のブレンディット・ウィング・ボディーやストレーキを全面的に取り入れたような戦闘機に仕上がっていました。
・航空自衛隊のF-15DJ(アメリカ空軍のF-15B/Dに相当します。)イーグル戦闘機のエアブレーキの写真。
・スホーイSu-27フランカーの試作機T-10-1のエアブレーキの写真。(大型の主翼カバーがエアブレーキ兼用カバーです。)
・ソ連空軍のスホーイSu-27フランカー戦闘機生産型のエアブレーキの写真。(生産型ではアメリカのF-15イーグル戦闘機と同様のタイプに変更されています。)
を貼ります。